Tim Elson、FINIS
私は泳ぐことが大好きだ。泳ぐことが私のアイデンティティなのだ。今ある自分自身というのは2つの存在のお陰だ。偉大な両親と、プールで過ごした12歳から22歳までの時間だ。私は世界的に有名なSanta Clara Swimクラブで泳いでいた。1968年にチームに加わった頃、Mark Spitzがチームに在籍していた。彼は1972年のオリンピックで7つの金メダルを獲得した選手だ。他のオリンピック選手や世界記録保持者たちと一緒に泳いで育ったので、彼らに比べたら自分の成功は控えめなものだったが、それでも誇りに思っている。オリンピックのトライアルで泳いだし、Pepperdine大学ではウォーターポロに加わり、水泳では奨学金も得ていた。NCAAにおける4強のウォーターポロチームのスタートメンバーだった私は、後に当大学水泳チームのヘッドコーチを15年間務めた。今では私は、最もクールだと思う水泳会社、FINIS、Inc.の副社長だ。Pepperdineのプールで出会った妻との間には7歳の男の子と10歳の女の子がいる。やはり二人ともプールで多くの時間を過ごしているので、願わくば、二人には水泳選手とウォーターポロの選手になってほしい。しかし、そうでなくても、彼らは水泳の魔法を習得すると思うし、ずっといつまでも泳ぎ続けてほしい。その魔法というのが、今回この記事を読むすべての人と分かち合いたいものなのだ。泳ぐことで心にも体にも不思議な魔法のようなことが起こるのだが、これは本当に全員の人に体験してもらいたいことなのだ。
12歳の時、私は一日に4時間泳いでいたが、ここではまだ魔法は起こらなかった。20歳になるまでに、週に10,000ヤード(大体30時間分)泳ぐようになった。この時点でもそこまで奇跡のようなものは感じなかった。ほぼ40年経った今では、週に3〜4日泳ぎいでいる。速すぎず、遅すぎず。泳いでいて最高に楽しいだけでなく、泳ぎ終わったときの感覚こそ魔法のようだと思う。私は “ランナーズハイ”を体感したことはないし、今後そうすぐには感じることもなさそうだ。膝の関節痛と年齢で走ることが難しいからだ。かなり走りこんでいた時代もあり、最も記憶に残っているのは、足が痛み、背中も痛くなり、頭が熱くなりすぎて今にも爆発しそうだったということだ。そんな私にとって、泳いだ後に感じるのは、走った後の感覚と正反対で、まさにそれこそが水泳の魔法だと思えるのだ。泳いだ後は、自分の足がまるで新品になったような感覚になるし、姿勢も歩き方も実年齢よりも20歳は若い人のものになる。膝は痛まないし、腕や胸、肩の筋肉は良い感じに膨らんで。水の中では熱くなりすぎることだってないでしょう?まあ、実際はあり得るのかもしれないが、この魔法のような瞬間にはないという意味で。
精神的な集中力もまさに天頂で(コーヒーよりも効く!コーヒーも飲むけれど)、エネルギーで満ちて溢れそうに感じるときもあるほどだが、午前中に使っていけるようにペース配分に気を付けている。その日の後半には消えてしまうものだから。お腹は引き締まって、185㎝の身長で75kg弱。大学時代より少し軽いだけなのだ。これはこれですごくすてきなのだが、本当の魔法は次のことだ。こんな風に「毎回」感じられるのだ。それに100歳になったってできる。もちろん私は100歳でも泳ぎ続けるつもりだ。こんなに心にも体にも良いことを、何百万もの、いや何千万もの人々がこの魔法を経験せずに過ごしているなんて、本当にもったいないと思うのだ。
だれもが体験できる魔法の効果について語っているつもりでも、きっと「Tim、ずっと泳いできたあなただから簡単に言うけれど」と言われそうだ。「ちょっと待って!そう早合点せずに。この魔法はあなた次第で、心から泳ぎを楽しめさえすれば、水中が最高の居場所になるのだから。」
私は水への恐怖心も基本的なものは知っているつもりだ。若い頃は水中で多くの時間をすさmざじい痛みと共に過ごしていた。オリンピックに出た多くの水泳選手は最後の大会を泳ぎきった瞬間に「もう二度と泳がない」と誓っていた。そして今ではもう体型も崩れている。誓いを守ってきたからだ。一方私の場合はラッキーな事に、水泳をそこまで嫌になってしまうことはなかった。というのも、嫌になる前段階で、サーフィンと水泳に共通点があることを楽しみ始めたからだ。スイミングとパドリングは非常によく似ていて、スプリントの泳者だった経験がサーフィンを覚えるときにかなり役立った。パドリングでは誰一人として私を抜かせなかったのだ!それがきっかけで、自分の痛み、喜び、そして水中にいること自体への考え方が変わった。
というわけで、それが最初のステップだ。水泳を楽しめるものにすること。楽しめれば、成功間違いないし、持続可能になる。コーチとして、コミュニケーションと行動というのはモチベーションの重要な側面であると確信するに至った。大学の水泳選手の場合は昔の私自身を含めて、モチベーションとは挑戦する事であって、水中にいる喜びに結びつくことはまず無かった。彼らは20,000ヤードまたはメートルを毎日こなしていて、これだけの距離を泳ぐ事は、ストレスだらけの努力をほとんど休み無く行うということを意味する。純粋な闘志を抱く事と、精神的な限界を超えていくということは、始まりに過ぎない。激痛君、その友人苦悩君と拷問君と仲良くなる必要があるからだ。この3人の紳士と水泳の魔法は共存できない。
それでは、どうやって泳ぐことを楽しみ、痛みや苦しみなどの脅威を無くすのか?この答えが万能というわけではないかもしれないが、私自身がどうやっているのかを紹介してみよう。まず第一に、私は朝型人間なのだが、それを聞いてどうかパニックにならずに。朝に泳がなければいけないということはないので安心してほしい。何年もの間、選手としてコーチとして、数え切れないほどの早朝練習があったので、その習慣が染み付いているだけのこと。あなたが早起きかどうかに関わらず、暖かいベッドから冷たいプールに朝から自分を突っ込むなんて、かなり厳しいと思う。これは実際にあった話なのだが、背泳ぎをしているときに私の舌の上に雪片が舞い降りた事もあった。1970年代、温度を一定に維持するプールの技術は非常に困難なことだったのだ。水温が21 度を下回った日もあってひどい寒さだった。13歳で体重が41キロしかない頃だったからなおさらだ。
35年早送りして、今では楽しく泳ぐ事の妨げになるものは消すことができるようになっている。早朝であることや低い気温はもう問題にはならなくなった。室内プールで泳ぐし、泳ぐ前には10分間お風呂でゆっくり座るからだ。きっと最後には痛みや苦悩、拷問?が待っているって?そんなものは全く不要だ。すでに述べたように、私は1時間、速すぎず遅すぎないスピードで泳ぐ。そして痛み、苦痛、拷問の代わりに、MP3プレーヤーに90曲程入っている大好きな曲を聞くのだ。私の朝は、どんなに疲れていて寒いか考える間もなく、温かいお風呂に入りたくて待ちきれずに目覚める。(次に記事を書く時は、お風呂の魔法についてにしようか。)すっきりと目覚める準備に最高のお風呂で、ちょっと暑過ぎると感じる頃に、気持ちの良いプールが私を待っているというわけだ。これで大好きなことをする準備は完了。泳ぎ終わった時にどんな素敵な感覚を味わえるかわかっているから、それを心から楽しみにしながら、泳ぎ始める。これを読んでくれているあなたも、水で過ごすことで得られるこの満足感をどうかどうか味わえますように。ハッピースイミング!